テニス

【廣瀬孝一の一心不乱 ~高校生時代から会社員時代~】

私は、中学校で軟式テニスを始め、高校では硬式テニス部に入った。

実は、高校受験も安易な動機で志望校を決めていました。

テニスがやりたい! 思う存分やりたい!

そう思い、確実に通る2~3ランク下の私立高校を受験し、合格。

そして、大阪府立高校は、一番ラク(2期生だった為)な高校を受験して、合格。

 

この時も、なぜか自然に、私立高校に通う兄を見ていた私は、無条件に“絶対、公立高校”との意識が働いておりました。

 

お陰様で、勉強そこそこにテニスを楽しんでおりました。

土日は朝から晩までテニス三昧でした。成績は残していませんが(^_^;)

よく、大和川の河川敷にあったテニスコートでやっておりました。

夏は、上半身裸で、近所の売店で買ったファンタオレンジやスプライトを飲みながら。

当時は、男子はビヨン・ボルグやジョン・コナー、女子はナブラチロワとクリス・エバートが最盛期と記憶しております。

ラケットはビヨンボルグのモデルを愛用してしておりました。本当に懐かしいです。

シャープ入社後の新入社員研修で、尊敬する人を尋ねられ、ビヨン・ボルグと答えていました。

 

残念ながら、今は全くやっておりません。

何故なら、今やるとしたら、ボールが来るまでに私が転がっています。

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