青空市

【廣瀬孝一の一心不乱 ~高校生時代から会社員時代~】

バイト先の魚屋さんが入るスーパーでは、青空市が恒例でした。

各テナントやスーパー自体が駐車場に出店します。

ある時、店長が「廣瀬君、青空市に出て」というのです。

何も考えず、「ハイ、分かりました。」と出たはいいが、戸惑い始めます。

何故なら、呼子として、客寄せ&販売をしなければなりません。

朝一番はまばらだった客足も急に増えはじめ、それでも私は何も考えずノホホン。

魚を捌く人と二人で青空市を任せてもらっていました。

その人が「廣瀬君声出して!客寄せして!」と言いながら、自ら声を出し始めました。

そこで初めて自分の役割が「売る」ということに気づき、慌てて声を出し始めました。

ところが、気持ちと声と表情が一致していなかったと思います。

ペアのもう一人の人が声を上げると、何?といった感じで、お客様が寄ってくるのです。

私の声には全く反応しません。

そこで、私はペアの人のセリフを盗むことにしました。

すると、少しではありますがお客様が立ち寄り始めます。

それでも、満足できる状態ではありません。

そして、ペアの方が言っていたあるセリフを言う決心をします。

恥ずかしくもあり、ずうずうしくもあり、大変失礼な言葉です。

「そこの20年前のお姉さん」

振り向きましたね。

しかし、若造が言うもんですから、キッと睨まれもしました。

そこで今度は、見た目の判断で、50歳以上に見える方にだけ使うようにしました。

すると、「にいちゃん、そんな若い歳でそんな言い方覚えてどないすんのん。」と、

ニコニコしながら近づいてくれるではありませんか。

私は、「いえいえ、ここで売らんといけませんから、必死なんです。買ってください。」

と言うと、「ほな、一つ頂戴」と言っていただいた瞬間に、お客様と心がつながった感覚

を初めて味わいました。

それからは、楽しくて楽しくて色んな言い方を試しました。高校3年生が(^^)

「お姉さん」「綺麗なお姉さん」「かわいいお姉さん」「赤い服が似合うお姉さん」

「お母さん」「お父さん」

最初は、魚を捌く方をマネていましたが、自ら試す段階に自然と移っていました。

魚を捌く方は、それから一心不乱に魚を捌き、私も口を止めることなく一心不乱に

鮭の切り身3切れをトレーに盛り、ラップをかけ、販売しておりました。

ある程度販売できる量が溜まったところで、早めの昼食。

そこでも、声のかけ方をあれこれ想像しながらの昼食です。

「明日の朝食にいかがですか?」「おいしいよ!」「鮭はいくらあってもいいでしょ!」

「すぐ無くなりますよね!」「買いだめても損はないですよね!」「ふりかけ作ったら」

売り物が、鮭の切り身3切れ298円の商品のみだったことが幸いです。

セールストークはそれだけ考えればいいのです。

売り場に戻り、商品がいっぱいあることを確認し、交代です。

私一人で店番&販売です。

しかも、切り身はすべてラップしてあり、販売に専念できました。

そこからの私は、考えたトークを色々試し、更に一人のお客様に2パック以上販売する

ことも試します。

頭の中には売ることしかありません。

そして、魚を捌く方が昼食に行っている間、準備された商品を売り切ってしまいました。

魚を捌く方が昼食から戻って来られて、私が言います。

「はよぅ、捌いてくれんと売り物ありませんよ!」

「えっ・・・」

そこそこ、冗談まじりに話せる様になっていた私は、「“原田さん”が、さぼってる間に

全部売りましたよ!」「嘘っ!」

そこからが、戦争の始まりです。

私は饒舌になり、人が集まってきます。

そして、私はパニックに陥ります。

トレーに盛ってラップしたものから、お客様にお渡しし、清算します。

在庫はありません。

原田さんも、慌てて店内に鮭を取りに行きます。

その内順番も分からなくなり、お客様から「私が先よ!」と叱られ、夕方には声も

かすれていました。

そして、なんと298円の鮭3切れのパックだけで、約100万円売ってしまいました。

その量が多いか少ないかは、色んな判断がありますが、少なくとも一日の売上金95万円

で、従業員一人一人に500円の大入り袋が貰えていたもんですから、店内で頑張って

いた皆さんから、とても褒められました。

その日が、私の営業マンとしての初日と言えるかもしれません。

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